ワーホリ帰国からのアラサー男子のライフスタイル構築記

オーストラリアワーホリから帰ってきても生き方が下手で人生にしくじり中のアラサー男子がふわふわ日本をさまよい、通年雇用をされないでいかに生きていくのかを綴るという趣旨のブログに変更をしました。いつまでもしくじっていたくないのは山々ですが自分が分かっていないためにこのループから抜け出せません。もうやりたいことがなんなのかを明確にしてそれだけで生きて生きたニート気質なやつの生き様です。

振り返ると、、、、ふと思う

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はまちのブログ
今オーストラリアにいるということは、今まで自分が本当にしたくてあきらめていた事だ。

 なんか本当にやりたいことは避けちゃうんだよね?人によると思うけど。例えると僕はセカンドラブに落ち着くタイプだ。といった感じ。

 憧れていながら難癖をつけて、言い訳をして遠ざけていた本音をようやく手に入れて実現できた。
ずっと青年海外協力隊に憧れていたものに一番近いことをここヨートファームにしていると思う。もちろん協力隊のほうが過酷だけど。

 ペンキを塗ったり、コンクリでキャビンを作ったり岩を掘り起こしてそれを積み上げてキャビンを作る。雨によって浸食された地面を砂利で埋めたり。

ここ数日の洪水はすごかった。日本にいたときには、水に困るなんてことはなかった。ここにはリアルに水道はない。タンクに貯蔵されている水のみだ。

 水は無限にはない。地球上にあるだけだ。有限だけど十分あるといったほうがふさわしいと思う。
でもどこかに偏ると恐ろしく欠乏感に襲われる。
自分も死ねばたんぱく質の塊になる。ドラマでよく言われているけど正解。自分が死んでも時代は続いていく。
自分が土に帰る前に何でもいいからひとつのことを成し遂げなくては。
今ここで自分を肯定せねば・・・

 自分の基準で生きる勇気は自分の中にある。日本で夜勤手当が入らず、人部に問い合わせをすると「その分夜勤は言ったら稼げますよ?」といわれガチャ切りで電話を切り、ホーム長に「俺やめるわ」といった懐かしい新卒時の俺の強気。その後婚礼サービスを日やるが「稼ぎたい?」「はい」という会話の後、働いて給料明細を見ると、12時間働いても8時間働いても同じ日給ということに激怒し派遣のコーディネーターにぼろくそ言ってやめた。
そんなトラウマがあって日本で働く気がまったくわかない、面接すら受けたくない。
 某通信会社に面接に行くと開始5分で「君は討ついの会社に合わないね」といわれ、挙句に「君は野球の指導者になったほうがいいよ」といわれ、「俺は人生相談に来たんじゃなくて面接に来たんですが」と即切れして面接官をむしろ追い詰める、尋問を面接官に20分間もした日々が懐かしい。

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