I'z log ~イズログ 人生をイージーモードに

雇われすぎず、働きすぎず、食うために生きない。生きるついでに食っていこうよ。だって腹減るじゃん的な生き方をするブログ

【60万で夢のマイホームを買うということ 中編】自分の仕事を選ぶ基準が不思議と周囲とずれていることと働きたい場所と住みたい場所が一致していない自己矛盾に気づいたとき、「自分」という本質に少し気づけた気がした

Spread the love
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  

どうもイズです

 

労働はブログに割く時間と労力を奪いますね(笑)

 

10月半ばで今回のバイトの契約期間が終わります。そのあとは

 

1 船舶免許2級をとって香川県の海苔の養殖をする(日給重視)

2 愛媛の真穴共選へ行く→スキー場(暖冬が気になるけど・・・)

3 愛媛真穴共選→香川県の海苔の養殖(理想)

 

 

っていう感じの予定です

 

 

来年のGWあたりから秋田の我が家をリフォームしないと正直言って民泊も簡易宿泊の許可も取れずに開業できないというなんとも残念なことになるとやる気がなくなってしまいますのでモチベが下がる前に下準備を終わらせるというスピードも重視していこうかと思います。

 

 

では前回の続きです

 

前回の前編はこちら

 

 

では早速書いていきますよ~

 

 

二度目の就職は5ヶ月で終了。その時に気づいた自分の仕事に対する価値観と働く場所のズレ

 

 

 

一応二年のスキー場の勤務の後に正社員に戻ろうとします。

 

 

 

その原因の一つとして「履歴書を書くのがめんどい」ということが挙げられます。この頃はまだ真面目で職歴もろくにないので短期の職歴を書いては圧迫面接で撃沈するということを繰り返していました。ハローワークに履歴書の書き方を指導してもらいに行っていたという真面目な青年でした(笑)

 

 

戻ったのは一番初めについた介護でそのときはグループホームでした。ホームヘルパーがご飯を作るというスタイルの場所で料理が嫌いな僕にとっては最悪な場所でした(笑)

 

 

自分がホントにわかっていませんでしたね。

 

 

そして結局やめてこの時に一旦実家に戻ります。北海道でのひとり暮らしは終わりました。

 

 

 

このことから自分が自分のことに関してわかったことは

 

 

・ 同じ職場では飽きてしまう

・ 同じ人間関係に飽きてしまう

・ 介護は向いていない

 

 

自分の本質は

 

仕事必ず一定の期間で終わる仕事を好んでやったほうがいいということです

 

無意識のうちに仕事で検索をする最初のキーワードは「雇用期間の定めあり」ということでした。そしてその仕事が必ずまた同じ時期に始まるということがあり、活継続可能ということであればなお僕にとっては嬉しいものです

 

 

この頃から一箇所でずっとということは無理だったようですね。

 

 

これに起因していることとしては、家で父親の振る舞いを見ていたからだと思っています。

 

 

四国のお坊さんにお世話になったとき、このことを話しました。するとさらっと本質を突いてくれました

 

 

「君の家系には仕事が楽しいものだということがない。苦痛でしかないけど生活のためにしがみついて行くことしかないんだ」

 

ということ。

 

 

父親は警官だったけど、家に返ってくれば仕事のストレスで荒れていて、テレビに対してエンドレスで揚げ足取りしていた。つかこの姿しか記憶にない。だからこれがはじめるとゲームをひたすらやって部屋に引きこもっていた。見たいテレビ番組があってもそれを見るのを我慢してテレビゲームをしていた時がありました。関わりたくなかったんですよね。

 

 

家のローン、家族の出費、昔ながらの仕事をやめられない理由で縛って定年まで働くっていうことは苦痛でしかないっていう父親の背中を見続けたことが無意識に反映されていたことなんだと今では思います。

 

 

ここらへんを遡ると実は僕の家計は面白いことがわかります。結局自分の好きに何もできていないのがおばあちゃんとかおじいちゃんよりも以前から始まっていました。その影響を受けないで生きている僕はこの家系のニュータイプかもしれませんね。

 

 

さて、話を本題に戻して行きます。

 

介護は本当に自分には向いていないものだって今では思います。

 

 

月に5夜勤しても最高額はあの当時148000円でした。148000円で60まで生きてみるということを想像するとぞっとする。

 

だとしたら同じ給料でも住み込みの仕事のほうが断然貯金だって時間もできるし、やめたくなったらいつでもやめるしあっちから雇用が終わる時を言われるので正直僕は楽だった。だって、仕事やめる時っていつ辞めるっていうことを切り出そうか気を使うでしょ?これがだるいんです。僕にとって。

 

 

家賃と水光熱費と社会保険を払ってしまうと生活費は手元に残らず、ただ職場と借りた家を行き来してるだけの生活を長く続けることは僕にはできないんです。おそらく多少の刺激とか、そうやって住み込みで地方へ行くとそんなに深入りされるようなにんげんかんけいにならずにすんでちょうどいいんですね

 

 

今思うとこのブログの趣旨は自分の本質を結構捉えてきていると思います。

 

 

住み込みのバイトに行き始めるとやめることが決まってる期間に限りのある仕事のほうが続いていた。

 

一つの職場で定年まで働くっていうことは僕にとってはゴールテープのないフルマラソンをしてる感じがしてならない。定年というゴールはあれども、そこまでマラソンをする気にならない。たまには他の競技してもいいじゃん、って感じで僕は気分を変えるのと同じで仕事を変えることにしてる。

 

そして地方移住と空家と仕事をセットで考え始めるようになります。

 

 

もう空家は自分の家にして買うっていうコンセプトがだいぶ固まってきますが、今度は住む地域と自分が合うか合わないかと合わせられるか、合わせられないかという問題も出てきます。それが浮き彫りになったのが2016年にいった鳥取県の日南町と農業研修生です。

 

 

 

  • 大分の先輩 より:

    2級小型船舶操縦士の免許を取得すれば
    なんか夢が膨らみますね

    なんにでもチャレンジしてください!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です