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【生き方~ニート的なソーシャルディスタンスを考察する】ニート祭りの動画をみて引っかかったとこ、ニート的なソーシャルディスタンスの距離と必要性は「他人を決め付ける人達が多い」からこそ生きづらさの原因があると思う

どうもイズです。ようやく今月でスキー場バイトが終わります。そしてPHPの更新をしないといけない雰囲気ですが、どうやるかがわからず困っています。フォーラム見ても全くわからん・・・

 

今年立てた目標を達成するために動きます。(今年の目標はこちら

 

まだスキー場から出られずですし、愛しのエブリーちゃんはバッテリーが絶対に上がってるし、デフギアボックスのオーバーホールをするかどうかを本気で悩んでいます(笑)

 

されて、今回はニート祭りの動画を見ていろいろ生き方について考えてみた・・・というよりは考えさせられたという感じでした。今回の動画の中で気になったことがあり、「ニート的なソーシャルディスタンス」っていう言葉が引っかかり、だらだらと記事にしてみています。別に誰に向けたなんかじゃなくて独り言として書きました。

 

 

 

ニート的なソーシャルディスタンスは必要だと思う。今までの既製された価値観に当てはめられることから逃げること

 

 

 

僕の自己紹介というか、今の価値観に至るまでに起こったはじめの出来事をさらっといいます。

 

 

何度か書いているのですが、僕が今の価値観、このブログのタイトルにある「二足の草鞋」という結論に至り、おそらくこの先この考えは曲がることがないであろうという確信があります。

 

 

大卒で就職したコムスンという会社であったことです。代々木オリンピックセンターでやった大卒研修の研修費が払われず、(結果として俺がやめた月の給料にはいっていました)周りの先輩の夜勤手当屋交通費は振り込まれていませんでした。

 

その問い合わせを毎日僕がしていました。一ヶ月が過ぎた5/25日の出来事です。当時、六本木ヒルズにあった本社に問い合わせしたところ、人事の人から衝撃の一言が出ます

 

 

「先月の払われてない夜勤手当と交通費とかは今月夜勤はいったら稼げるよ?」

 

 

いやいや、ちげーだろ?先月働いた分をちゃらにしてまた働けととかむちゃくちゃいってんぢゃねーよ糞が(##゚Д゚)イライラ

 

しかも、問合わせた日は5/25だらか

 

 

今月もう終わるって話だろ?締め日の内容の月末締めの翌月25日振込の内容が分かってねーだろ?

 

 

 

この電話を頭にきて切ったあと、「ホーム長、俺辞めるわ」と言う俺の人生における名言が生まれたわけだけど、この体験がトラウマを作り、今の価値観を作り、そして今後もこのまま変わらずに行くであろうアイデンティティが形成された。トドメには、この会社を辞めるとき、当時大卒だった俺を引き止めに来たエリアマネージャーは「島田さんほど優秀な人を失いたくないんですよね~」といか言いながらエラソーに提出した、俺が純粋な気持ちを書いた履歴書、特に志望動機をちらつかせながらイヤミを言ってきたのをまだ覚えてる。嫌味じゃないけどあの時の俺にはイヤミに聞こえた。

 

 

そして俺がこの事業所を辞める2週間前になんでかしらないけど俺を引き止めに来たこのエリアマネージャーは辞めていた。それが頭にきたのを覚えてる。散々甘い言葉で人を褒めちぎって引き止めに来たくせにおめーが俺が先にやめんのか?っていうあの憤りと裏切られた感。なんか、「おまえそんなもんか・・・」って思いながらそのエリアマネージャーの人の退職の弁みたいなのを聞いてた記憶がある。

 

俺が辞める6月末日、俺を含めて8人がこの事業所を辞めるという自体に直面した俺は、ここからなんとなく世間に背を向けるというふうになっていったと思う。

 

 

これ以来、日雇いの仕事に新鮮味を感じて2ヶ月くらいしたけど、なんか応募動機が書けなくなっていったことを覚えている。それと面接を何回もしたけど、面接で俺は就職以前に面接が嫌いになった。面接とか、いろいろ年上の人たちと話していく上でなんとなく感じた違和感があり、これこそがなんとなく言わされることがある。相手の口から出させることで責任転嫁をできること、その面接できた人を永遠に縛り付けておける便利な言葉を相手の口から引き出そうとする社交性みたいなものを言わさせたれてこそその面接に受かってその組織に入れるような気がした。

 

 

なんか、こちらの口から引き出させて決めつけようというような肌感覚で感じることがありました。これが俺の中ではある意味の警戒することで、これに敏感になりました

 

 

その言わせようとしていることを敏感に察知できるひとことニートと俺は思うし、それ即ち、自分の{在り方を守ることが出来る}ことができる人こそニートと呼ばれる人と俺は言えると思う。

 

 

俺的にニートと呼ばれる人に関しての考察を書いていこうと思う

 

 

 

ニートって言われる人は「在り方を守れる人」と俺は言います。それすなわち、他人からの「決めつけ」に敏感に反応して、アレルギー反応を起こす人のことって思います

 

 

 

NEETの定義としては

 

Not in Education, Employment or Training, NEET

 

とWikipediaにはあります。俺的にわかりやすく言えば、「人」です。なんの影響も受けない、ただひたすらに「真っ当な人」です。

 

北朝鮮のように洗脳された人たちは正直言って「人にあらず」と思います。人は「十人十色」と言われるように、考え方も感じ方も人の数だけ存在するって俺は思います。

 

ニートって雇用もされていないし、教育だって受けていないし、職業訓練だって受けていない。(でも義務教育は受けてるよな?(笑))

 

だからこそ、まっさらな真っ当な人間なんですよね。誰の価値観にも染まっていない、その人がその人としてありのまま有るっていう状態にの人。だから真っ当な人だと思うんですよ。だから組織には当てはまらない状態の人の事を言うと俺は思っています。

 

 

動画の中で「コミュ二ケーション能力」という言葉が出てきますよね?

 

 

正直言って、会社員のコミュ力っていうのは、仕事上でのコミュニケーション能力で、前提と根底に有るのは会社の利益や仕事のことがわかっているということが前提でのコミュニケーション能力です。要はその組織に属する一個人として、その属する組織を肯定しかしないことこそがコミュニケーション能力と言われていると俺は断言します。

 

高校野球の経験者として言わせてもらうけど、自分のチームの監督に歯向かうとレギュラーとして使ってもらえないんですよ。あとは公立高校の事情として、赤点取ったらレギュラーとしては失格だと言われていても、野球が上手ければいくらでも助けてもらえるんですよね。俺の一個上の4番は野球はうまいけど素行は最悪だった。タバコ吸うし、カツアゲするし(笑)それでもそいつは野球が上手いからそいつを使わないと有名私立に太刀打ちできないからいくらでも追試をしてもらえること。これが不満で仕方なかった。

 

そいつはほんとに俺らの監督には逆らわなかったし、ごまと媚を売ってたと思う。要はイエスマンだったというわけ。

 

コミュニケーション能力っていうのは、意見の交換を本音でできる人のことではなく、その権力者というか、その組織のトップを否定せずにゴマと媚びを売り続けて行ける人のことをコミュニケーションができるというふうにみなされるのが世間なんだろうね。国会の答弁をみればわかるけど、こちらがどんなに根拠を並べて、理路整然と説明し、説得して、納得できるように説明しても荒唐無稽な返答で全否定をされてる与党を毎日見ていると思う。

 

あいつらって主張しかできないし意思疎通を全然出来てないよね(笑)

 

 

コミュニケーション能力ってその組織に入ってその組織に対して批判するではなく従順にするっていう子なんだよね。確かに評論家って要らないし、組織のコンセプトに反対する奴って邪魔だから排除したい。

 

 

世間でいうコミュニケーションって、雇用主に対してYESだけ言ってりゃ言いだけと思う。でもそれって俺の中で違う。その組織を良くしたいからこそNOを言う人もいると思っている。

 

 

そして、その会社に入ったらその会社の社名を自分の脳みそにダウンロードして、自分が配属された部署とたて書きをインストールして、それが自分のアイデンティティになってしまう。これが嫌だという人をNEETっていうと思う

 

 

 

さっきも触れたけど、面接では特定のお作法が存在して、それを面接官はほのめかし、それに対して面接官がして欲しい反応をできる人が面接には受かる物って俺は思っている。そしてそれを言うことでその言葉に責任が発生して、相手はその人を自分たちのものさしで測っておける状態になるから採用になる。そんなことを俺は感じています。

 

 

これを「あり方の決めつけ」というふうに俺が名前を付けました。

 

 

 

要するに他人が他人を他人のものさしでわかりやすくして置ける状態にして置くということ。

 

 

 

NEET、もしはニートっていう人たちを定義したい人たちは、そういう人たちを探して攻撃したいだけなんでしょうね。

 

 

働くという美徳がある限り、働いていない人や働きたくない人を攻撃するということ自体は攻撃されず、肯定されるからね。そしてそういう人たちを攻撃することで肯定されるから、その攻撃をしてる人自体も自己肯定感を得ることが出来るし。それを得てしまうとより一層攻撃が激しくなるから、ある種どうにもならないスパイラルになる。

 

 

でもね

 

 

ニートである人の特徴として、例えば俺の感覚からすると、内定をもらうとするじゃん?でもその内定を蹴りたくなるのさ。

 

 

なんでかというと、内定を受け入れてその会社に入社したら、なんかいろいろ決めれることや、このあともしかしたら出てくるかも知れないいい選択肢とかの可能性を全て否定してその会社に打ち込まなければいけないような気がして嫌になる。変化の余白を全て放棄してしまうようなもったいない気持ちになってしまうことが多々ある。そして今までの俺の経験則からして、大体3ヶ月や4ヶ月でその仕事場にいることに飽きてしまう。仕事を突き詰めて極めるとかは俺の場合はないんだよね。

 

そこまで真面目に働いている人はまずいないといっていい。だってそれなりに、仕事も覚えてそつなくこなせるようになったらそれ以上人は働かないでしょ?その分余裕ができるから何かとほかのことを考えながら仕事をみんなしてるよ、絶対に。だって武士道とは・・・みたいに仕事のために死にたくないでしょ?

 

中には今の仕事を片手でつかみながら、何かを伺ってる人はいるでしょ?

 

会社帰りにやる趣味や寄る飲み屋こと、幹事を任された時の予約を入れる店のこと、本業をいやいややりながらも自分の副業を伸ばすためにはどうしたらいいか、などなどetc.

 

わかりやすく言えばお笑い芸人で成功を夢見る人かな?

 

その人たちも時間のやりくりができる仕事を探してお笑いライブのためにその仕事をするっていう生き方。これはニートとは少し離れてるけど、自分の本分のために仕事を選んで自分の目的を達成するために必要でかつ、フレキシブルな生活の手段を探すんですよ。

 

 

それって「在り方」を守るためなんですよね。

 

 

最初に書きましたけど。

 

 

じゃぁ、ニートの人がどういう「在り方」をまもっているのかというと、「なんとなく自分の嫌を排除する」ということとしか僕の中では言えません。だってニートだって十人十色でしょ?

 

 

基本的にニートになるとか引きこもりになるっていう人たちは、絶対に外に出て言ってるし、そこでその人なりに耐え難いストレスを経験しているから非子守だったりニートになるんです。俺だって履歴書書きまくって、応募動機が書けなくなったし、結局は「どうでもいいから働かないといけないし、御社の待遇の良さのみがいいと思ったから応募しました。副業を育てるのに適しているから御社に応募しましたけどなにか?」っていうのが俺の本音です。

 

 

その後給料未払は2回経験しました(群馬のキャンプ場)

 

 

IC盤での部品加工はクビになったし、鳥取の移住に失敗した時にはノイローゼだったし。(ほんとにもう行きたくない。助成金のために人権捨てるようなもんだから)

 

 

村八分というストレスはさすがに引きこもるよね。でも実家にはいられないし、アパート借りてれば家賃が出るし、実家にいればみかじめ料的に金入れないといけないし(笑)

 

 

俺の今までを振り返って見れば「自分はなにものであるか?」という在り方を探しているのがニートという人の中にはいると思います。あとは通年雇用をされたくないという人もいると思います。おれは通年雇用をされたくないっていうタイプかな。

 

自分のブログとか副業とかを育てるための季節雇用の仕事という名の腰掛けを探している感じ。

 

 

就職とか仕事をするにあたって、無料お試しがないっていうのが一番の悪だと思います。だってみんな大学生の時から自分の向き不向きなんてわかるわけないでしょ?職選びだって自分の結婚相手を選ぶまでに彼女彼氏の関係で別れるを経てるわけでしょ?別に4回とか5回の離職で仕事が続かないとかいうレッテルを貼られるというのはありえない。

 

 

やめますっていう意思表示をできない人が「仕事を続けてるだけ」でしょ?

 

 

そっちのほうが俺からすれば異常だよ。

 

 

なんかさ、人に自分の位置を決めつけられるっていうのにアレルギー反応を示す人、言い換えれば自分の在り方を他人に決められるのを嫌がる人がニートっていう人たちって思う。

 

 

諭吉だって言ったじゃん?「天は人の上に人を作らず」ってさ。人は自分の下に人を作るか置きたがるんでしょ?そのポジションに就くのを嫌がるのがニートだと思う。

 

 

ニートの人たちはやはり感受性が若いし(年齢に限らず)自分が自分で有りたいっていうことを切に願ってるだけの人だっていうのが俺の感想です。

 

 

 

 

 

じゃぁ、ニート的ソーシャルディスタンスって何?

 

 

 

物理的に何メートルくらいですっていうことはおれはできないな。

 

 

俺個人的に思うのは

 

 

ニート的なソーシャルディスタンスの内訳としては

 

 

  1. プライバシーディスタンス
  2. パーソナルディスタンス
  3. リレーショナルディスタンス

 

のみっつかな?

 

 

プライバシーディスタンスはその名のとおり、自分の知られたくないこと、詮索されたくないことを知られないでいられる距離。これってさ、言葉でいえないし、結局は相手を怒らせないように断るっていうような高度な社交性が必要なんだよね。俺はもちろんできないけど。

 

要するに自分の時間を取られないようにするための距離のことを言ってます。自分がそうしていたいなら誰の許可を取らずともそうしていることができることです。例えば、俺が介護をしていたとき、必ず大晦日と元旦は夜勤担当は俺なんですよね。なんでかというと、独身で彼女いないし断る理由はそこにシフトを入れられたくないから。でも周りはパートのババァだけしかいないから、家の小さい子を見ていたいとか家事があるとかというもっともな理由を行ってくるから、断る理由の優先度でどうしても勝てない。

 

相手を納得させないと自分の時間を確保できないという自体を回避するための距離です。説明しがたいね

 

 

 

パーソナルディスタンスは物理的にいって自分のスペースのことです。山手線の満員電車みたいなとこじゃやだよね。個人間における物理的な距離かな。だって広々したほうが気持ちいいじゃん、やっぱ

 

 

 

 

リレーショナルディスタンスは人間関係においての距離感です。これって親友か、友達が、見知っただけの仲かとか、どこまでズケズケ言える間柄可動買っていう意味でこれが重要。距離を縮めてくる人もいれば、その人とはもっと離れていたいとか絶対にうまくいかないものと思います。特に人に対して指図がましいやつとかがいる場合はほんとに厄介。何らかの理由で立場が上ということでもしょうがないけど、公私混同されてこっちがもみくちゃにされないように予防線も貼りたいですね。

 

 

なんていうか、まとめられないけど・・・

 

 

たとえばPHAさんがニート祭りでゲストに来たとき、よく「だるいという感覚を大事にしてる」ってPHAさんはいってた。これなんですよ。要は何かしら頼まれても、何かしらに誘われても

 

 

 

「だるいからやだ」

 

 

 

って断れること、状態を維持していくこと。これが精神面を清潔に保つ秘訣なんだと思いますし、自分の「あり方」を守るためにも絶対に必要なことです。

 

 

 

他人に迎合してばかりいると、自分時間も、自分がなにか耽っていたいのにそれがかなわない、しかも週一の休みなのに、自分が誰にも邪魔されたくない時間なのにも関わらず相手にそれを譲ってしまう。相手に合わせるよりは自分ありきで周りになにかしらんお気を使うべきなのに「滅私奉公」という言葉があるように、自分の身を崩しても相手に尽くすことの美学ってなんかあるんですよね。自分だけは一線を引いて確保したいものを確保した上で誰かにしたくないことを振り分けるのが上手い人。

 

 

ああ、まとまんねー

 

 

要は自分の「在り方」を誰にも侵害されないことが重要なんです。今はエヴァの映画がやってるからこの喩えを使いますが、自分が犯されたくない領域。ATフィールド(笑)を絶対に死守することがニートにとっては重要なんです。

 

 

ニートっていう人たちは、真人間なんですよ。正直言って。

 

 

やりたくないこと、特に「自分の嫌なこと、もの」に対しての純粋で感度の高いアンテナを持っているのがニートなんですよ。

 

 

だから「金にならない好きなことはやめちまえ」というのは禁句です。

 

 

別に好きならやってりゃいいじゃんって思う。生活の中の優先順位や役割がおそらくどこに来るかはその人次第だけど。

 

 

 

  1. プライバシーディスタンス
  2. パーソナルディスタンス
  3. リレーショナルディスタンス

 

 

ニート的なソーシャルディスタンスってこう言う事って俺個人は思っています。

 

 

俺個人はね。

 

 

 

はぁ、早く住み込みバイトおわってくんねーかな・・・

 

 

 

スキー場は来年はパスしよ。まずはソトゴモリプレイスをオープンさせることだ!!

 

 

 

work is part of life

not all of life

ライスワークとライフワークのバランスを取るために二足の草鞋を求めて2021もまだまだひた走ります!

コロナ渦を生きるためにダイヤモンドよりも壊れない柔らかさとしなやかさ、それでいて強いコシを!

waaaaaaannaaaabeeeeeee!!!

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