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雇われすぎず、働きすぎず、食うために生きない。生きるついでに食っていこうよ。だって腹減るじゃん的な生き方をするブログ

【生きにくさの正体とは?】生き方を考える。自分の価値観に素直に従うことで生きにくさを軽減させる

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今は郵便局の配送の委託のバイトをしてます。職業訓練でやったことは就職に生きてはいません。数は多くないですが職業訓練に通った人のブログを見る限り、職業訓練の訓練通りの職種につける人はひとにぎりです。

 

 

このことは数々の職業訓練の内容を書いたブログを残している人たちの共通している内容です。

 

 

そして僕もそのうちに一人になってしまいました。もともとは僕自身の生き方のもやもやがあり、応募をすればおそらく受かったであろう求人もありました

 

(ただブラックか都心の遠い場所)

 

 

3ヶ月の更新制のところで初心者OKというところもありちょっと応募をしてみようと思いま下がやめました。やはり都心は遠く、近くのところはフルタイムしかなく、自分の働き方=生き方にしっくりくるところがなかったのと社会復帰のリハビリも兼ねた感じで地元のゆうパックの配送委託のバイトを午前中だけやっています。

 

 

生き方に関して抱えていることややりたいことをぼんやりと書いていきます。

 

 

■僕の価値観ができた出来事~新卒の時にフルタイムで働くのと、理不尽な組織で働くのが嫌だと思った

 

 

大学を出たときはそれなりに社会のレールっていうものに乗っていかないと乗り遅れるっていうような感じで思っていて、正社員を目指したんだけど、コムスンでの給料未払や理不尽な事、労基を行ったり来たりしてそれなりに労働契約の秘密を知ってしまったことから、正社員がいやになっていった。

 

(何回か書いているけど結局裁判で負けて入社3ヶ月で行政から解体処分を受けた会社)

 

特に組織の拘束感、夜勤明けにかかってくる遅番で今日来れない?っていう電話。(追4時間前まで夜勤は言ってたろうがボケという怒りがこみ上げてくる)

 

大学出て一発目の職は介護でした。

 

良くも悪くも女の職場というやつで、なんとなく男の肩身が狭いのが嫌だった。特にムカつくおばちゃんが、「男子はトイレでおしっこする時は絶対に座ってやってね!汚いから」という声掛けをされることが耐え難い憤りを毎日感じさせた。

 

 

別に介護の業務とは関係ないんだけど、介護が嫌になるというよりは、その職場の人間関係に嫌気がさしているのと介護が嫌いになるのは別と切り分けて考えなくてはいけない。

 

あとは夜勤は独身の予定がない男が優先的に入れられるという感じで入れられるし、ここらへんも嫌だった。

 

それでいて給料が同じだったからこっちが損していたような気分になっていたから。

 

しかも休みはそのせいで飛び石。連休がないのも正直嫌だった。

 

 

それに休日は寝ているだけで精神と体の疲労を回復させることに精一杯。しかも休日なのに優先的に仕事の電話がかかってくる。誰かのお子さんが急に熱出してしまったから出てくれとか。

 

 

結婚して片手間で働いているおばちゃんと給料が同じ、かつそのおばちゃんたちの都合をつけるための位置づけが嫌なのと、その会社の給料未払などのグタグタがあって3ヶ月でやめた。

 

 

しかも僕が辞める月に実は8人一緒にやめていたことも笑った。

 

 

そして新卒だった僕の心を捻じ曲げたような出来事として、新卒の僕を言葉巧みに褒めちぎって、引き止めていたエリアマネジャーは僕よりも2週間早くやめた。

 

 

この時点で世間を恨んでしまったんだと思う。

 

 

フルタイムで働いていたとしても休日にもシフト変更の電話がかかってきて、しかも夜勤明けででないと怒られる。それは待機という業務だからその手当がつかないのが腹立つし、しかも手当もらっても休みたいっていうのが本音だ。

 

 

フルタイムでは自分の使える時間の割合が合わないというのが嫌で、フルタイムの正社員というのは、使われ放題という逆食べ放題プランだって思った。

 

 

だからフルタイムが嫌いになった。

 

 

大卒を3ヶ月で捨てたあとは日雇い⇒交通誘導員⇒スキー場バイトを二年くらいループした。お金が無くなってきたら働き出すというサイクルにいつの間にかなっていた。

 

 

■その他付随する業務という一文が嫌い

 

 

労働契約をそれなりにしてきて、共通している文言を見つけたのが20代前半だ。

「その他付随する業務」という一文。

 

 

採用担当にこの文言を聞いてみたが、用はこじつけされればなんでもやれっていうことなんだって。その仕事でなくても付随をさせるということは正直可能で、正社員はなんでもやれっていうこと。

 

 

これに気づいてしまったことが生きにくさを抱える原因になってしまったのかとか後悔もしている。

 

 

もうこの頃から人の裏にある本当の腹を見据えて人と接するようになってしまっていった。

 

 

 

北海道でのひとり暮らしはそれなりに揉まれてきたけどそれらに対抗する社交性が身につかないままだった。

 

 

 

 

■自分の判断、裁量でどうにかなる収入源が欲しくなる

 

 

ワーホリから帰国して、せどりやFX,アフィリエイトをやってみた。

 

結局即金性があり、それなりにできたのはせどりだった。

 

でも一年半くらいやって、せっかく古物商をとって入札とかしてみたりもして、浮き沈みを体験したけど、お金を使い続けるという性質に疲弊してしまったのと、部屋がモノで溢れかえるということに嫌気がさしてしまってやめました

 

プレミア価格のDVDを夜中にトイレに起きて踏んで壊すこと、山手線に乗るときに80Lザックにパンパンになるまで仕入れたモノがドアに挟まれてケースが破損して落ち込んだということが多々有り・・・こういうことにも疲れた

 

あとはBOOKOFFで検品と称した付属品を確認して長蛇の列を気にせずにいることも疲れた。罪悪感があったから。

 

自分はこう言うことは取り入れるけど、心のどこかでなんとなくのガス欠感があり、続かなかった。

 

 

■そんな奴が最近思うこと。生きることに苦労をしないための生き方が欲しい

 

 

生きること=日銭を稼ぐこと

 

という前提で話そう。

 

去年、四国の安国寺というところに行き、それなりに自分を見つめ直すことをして自分の心の毛という物に耳を傾けて見るということを実践してる。

 

そしてなんとなく自分のところに引き寄せているものを見てみる。

 

僕が思う結論はこうだ

 

 

 

「生活の上限を仕事に取られてしまうのは正直もうできない。

 

仕事の位置づけを、自分が生きていける最低限の下限にする。その下限とはフルタイムで働かない、もしくは通年で雇用をされない性質のものが前提。

それでいて自分でその下限に自分の判断、裁量でプラスを足していけるライフサイクルを作ること。

 

付け加えて、その下限の仕事は通年である季節労働のようなものが望ましい。

 

っていう感じでえらそーに書いてみた(笑)

 

仕事を辞める回数が多すぎる僕は、ほんとにダメなんだけど、

 

「仕事を辞めます」とつげることに疲れています(笑)

 

だからいずれはやめることができ、またその仕事が入ってくるという確証のある仕事を下限にするということで仕事のサイクルを回していけば行きやすいのではないだろうか?っと自分の今まで選んできたこと、考えてきたことを見てみてこの結論を出しました。

 

 

 

■今年からの計画を発動させる。でも年もとったなって思う

 

 

僕が見つけた「愛媛のみかんアルバイター」

 

 

これを見た時に結構衝撃が走りました。(笑)

 

 

この企画は地方の人手不足を補うためにJAが企画したもので、愛媛、富良野、沖縄の三つのJAが合同でこの企画を行っており、この季節労働を順繰り回って生きている人も少数なりともいるようだ。

 

 

必要以上に拘束されずに、それでいて自分で何かをするという時間もその時間を支える収入も入ってくる。

 

 

あとは拠点。

 

 

これさえあればいい。

 

 

正直沖縄の葉たばこの仕事はいいことを書いている人がいないから行く気がない。

 

 

愛媛のみかんアルバイトがそのまま農家のお仕事ナビで掲載されているところでそれなりに働きながら拠点を探すということにしようと思う。

 

 

四国はお世話になったお坊さんがいるからっていうのと、布団を干すって約束したけどそれを忘れたから、その約束を果たしに行こうっていうぼんやりとしたもんがあるだけ。

 

あとはみかんアルバイターの中で短期の周期の仕事をして生きている人たちと情報交換をしたいから行く。

 

 

■他人に価値観を押し付けられたら洗脳をされるのを拒むということは普通

 

 

 

郵便局の研修中に説教をされたことがあった。確かに正しい。

 

 

でも僕は口論が嫌だったので黙ってうなづいていた。でも短期のバイトをして頑張って家賃を払っていたあの北海道での日々を否定をされたことに対しては終始疑問を感じていた。

 

 

その人いわく、ずっと配達をしていて、僕と同じ年の頃には1000万は稼いでいたって言っていた。

 

 

1000万稼がないなら生活ではなく、1000万稼げない仕事は仕事と言わないのだろうか?

 

 

それにできないなりに確定申告やせどりをやった時に時間の単価をあげるという努力をするということはこれからの時代は必須だということも思った。

 

 

一個の荷物を届ける事にお金をもらえるのは委託の人たち。月給、時給は局所属の人たち。タイプは分かれるけど、今時1000万の仕事につくなんてできないだろうな、俺は・・・

 

そんなことを考えていた。

 

 

 

ぼーなすが出るということはそれなりに仕事の単価に余剰できる利益が含まれているっていうことでそれをセーブしていることになる。

 

 

それらを一括でもらって1000万なら一日いくつ配達したんだろう?

 

 

今一番は配達完了をする人でも月に40万くらい。後の60万をどう捻出しているのが疑問だ。

 

 

それに2,300万でどうやって生活していたんだって怒られた。

 

 

ここが納得行かない

 

 

300万あって生活できないということは足し算と引き算ができていないのだろうか?

 

 

300万を年収で稼いだことは僕はない。150万くらいがせいぜいだ。

 

 

それでも生活していたし、中には保証人がいないとか、親がいない。それでも日雇いの仕事をして厳選を徴収され、日々生きてる人だっている。

 

 

なんかこのことで、僕どころか、そう言う人たちを否定してくれた。法律や税制の法には触れていないけどその人の勝手な価値観で否定してくれた。

 

 

正しいということは言いません。

 

 

ただ一理あります。

 

 

事実として。

 

 

ただ、所得の大きさでその人の生活の水準を否定していいわけでも格付けしていいわけでもない。

 

 

その格付からその人がそのその日暮しかどうかも、生活を出来ているかどうかを図ったとしてもいけない。

 

 

1000万稼がないなら生活ではないんですか?

 

1000万稼がなかったらその職業は職業ではないのでしょうか?

 

 

300万で生活できるのか?って僕にいってきた以上は生活は出来ていないんだろうなって思う。そんな高水準の給料がもらえるということ自体が信じられないからね

 

 

北海道で生活していて一番お金がないとき、僕は日雇いのイベントのステージの足場を作るとかで月6万位で生活していたよ。

 

 

 

家賃35000で

通信費は 5000円以上はかけない

電気代は4000円

ガスは極力使わないで2400円前後

あとは仕事場までの電車賃と食費をセーブするのでもう迂闊に使えない。

 

 

そんな時もあったって。

 

あの人の時代や水準が今も昔も、これからもスタンダードということはまずまずない。

 

相手も違う人間で、もちろん価値観だって違う人間なんだっていうことを尊重できない古い世代が多すぎることも生きにくいうちの一つかもしれない。

 

 

■世間の価値観を押し付けられて背を向けそうになったら、いっそ自分と同じ価値観を持っている人のとこに行ってみよう

 

 

長いな。

 

 

僕の今の配送の委託は3ヶ月の更新制。

 

 

いつでもやめられるからなんか安心している。

 

 

仕事選びも権利で保証されているけど辞めると言われるとやな顔される。

 

 

必要とされているからということも嬉しいけど、人の一部でずっと生きていったり、拘束されるということが嫌いだから仕方ない。

 

みかんアルバイターから自分が納得のできる仕事のサイクルを始めたい。

 

 

34を目前にようやく自分の譲れないものや確固たる価値観に気づけた。正直遅いって思う。

 

 

あとは車検の費用を捻出して、8月までやるのか、それとも5月で配送のバイトを終わりにして四国に行くのか・・・

 

 

そんな感じの今日この頃

 

 

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