青年海外協力隊に行けなかったから腹いせにオーストラリアワーホリに行ってきた話

海外ボランティア歴を作っても血液型がB亜型で青年海外協力隊は生理的に無理だからオーストラリアワーホリに約2年いってきた

ホームステイから始まった ワーキングホリデーIN AUS

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どうも、ご無沙汰です。日々の多忙な時間でワーキングホリデーを忘れたくなくて、こぷして女々しくも書き綴っていきます。
 振り返ってこの時こんなことしてたっけなー、なんていうことを書いていきます。こうすることで自分を肯定できそうな気がするから笑
 思い出しても昨日のことのように思えるんです。あの日々って。まず最初に僕が先走ってチケットだけ取っちゃってて、いきなりゴールドコーストに降りなくてはいけなかったんだけど、実はブリスベンにしておけば送迎の80ドルはういていたっていう話!もったいないことしたなー・・・
 エージェントを通していく場合は全部あっちにお任せにならなきゃいけないっぽいね。それがまたやだったからまぁしゃーないか。どうせ80ドルなんてそのうち忘れられるくらいの金額って思っていたから。(実際はその80ドルはでかかったんだけどね・・・)
 オーストラリアに着くなり、税関ぽいところで何やら荷物を全部だしたりでさ、旅客カードの書き方すらままならなかったんだよね~。そこから正しく冒険が始まるとも知らないでさ。
 まず行ったのはブリスベンのエバートンパークっていうところ。
僕を受け入れてくれたホストファーザーのアルフさん、イタリアからの移民で12歳の時にオーストラリアに来たんだって。その時のイタリアは仕事がなく父親も大変な思いでオーストラリアに来たらしい。
 ちょうどその頃は炭工業が最盛期の時だたから移民の受け入れも管理簡単だったそうです。
 イタリア人からみたオーストラリアはすごく豊かに国なんだといっていたのを未だに覚えています。
だいたい6日しか入れなかったけどすごくいい人で全然英語が話せない僕をわざわざ受け入れてくれたことに感謝しています。
 ひどい話だと、以前僕がくる本の2週間前に看護師の女の子が来たらしく、その子はっこっそりワインを持ち帰ってアルフさんの家で飲んでいたら、気持ち悪くなって吐いた・・・しかも僕が止まっていた部屋に。だからカーペットがないって言ってた。
 海外に来て張り切るのもいいけど節度も欲しいね・・・

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