心の隙間~英語が話せないのが恥ずかしいのだ~
こっちに来てから二ヶ月くらいたったかな、have,should,pick,go,,,などの動詞を辞書で徹底的に調べています。
辞書を見てみると中々知らない意味の言葉にもなるんだなって思ってる。Go outに付き合うっていう意味があったなんて知らなかったし、一つの単語でいろんな意味があるんだなって思ってる。
いっぱいある。
単語には触れているけどそこから覚えられるのは一個か2つくらい。でも不思議と忘れてない。
未だにネイティブのスピードにはついていけてないけど何となくわかるようになってる。日本人は高校出たら、英語を6年も学んでいるのに全然しゃべれる様になっていない。俺もそのうちの一人だ。
日本にいたときは英語の練習なんてひとりでできない。せいかくにいうならば、一人でやって行く勇気となんで英語がしゃべれないといけないのか?というモチベーションの部分が弱かったから。
あと英語とかに限らず、珍しいことをやっていたりすると突かれて潰れてしまう。出る杭はうたれるというが日本と言うのはなんでみんながおなじになりたがるのだろうか?みんな心の奥では変化や個性を出したがっているのに。
やはりまわりが打てない高さまで出るしかないな。なんか僕自身は何かしら特別になりたがってるんだ。まだ届かない。
完璧主義を捨てたいのに捨て去りきれていない。でもその特別って言うのはもしかしたら初めから無いものなのだろうか。
もともと去年一年は青年海外協力隊に行きたくてニーとやってた。
それがちょっと違う形でかなってる。セカンドは取るつもりだし、二年はいるつもり。それは協力隊と一緒の期間。 自分の心の奥でずっと憧れていたんだ。
海外に自分で住んで見ることを、試すことを。27だし、ワーキングホリデーは30すぎたら終わりだし。履歴書の応募動機がかけなくなって、何にも興味がなくなって、でも働かなくちゃいけなくて。
行くなら今しかなかった。
なんか自然でいられるんだよな、こっちって。何でだろう?~やるなら今しかねぇ、やるなら今しかねえ。66の親父の口癖は、やるなら今しかねえ。~西新宿の親父のうたより。