四国の佐多岬をフラフラする独り言を言う~岬の海は地平線と海の色が綺麗だ
なんとなくろれつの回らない文章つらつら書いていく。そしてこのブログは自分に向けた備忘録兼、何かしらの掃き溜めになってきた(^_^;)ただこれらも未来に振り返ったら何かしらのネタになりそうなので書いてい買うと思うし、サーバー代がもったいないから更新するだけになってる。
この記事が過去になったとき、この過去が未来を救うような気がする・・・という妄想をしている今日この頃・・・
ただ生きにくさを抱えて苦しくてやってきた愛媛県松山の東温市の安国寺。ここのお坊さんになんとなく話だけ聞いてもらおうと思っていきなり言ってお寺の前に佇んでいました。
正直言って精神的に落ち目な時期だったし、今もそうかもしれない
そこからいろいろ和尚さんのお友達や深刻な病気を患った人たちとのあってみたらどうかとということでたくさんの人たちに合わせてもらいました。その中でいろいろな生き様や何かしらのこんなんを乗り越えた人の話や、中には過去和尚さんのもとに相談をしに来たけど、和尚さんの説得が響かなくて自分自ら命を絶ってしまった人のことまで。
いろいろな人たちの生き様に触れ、和尚さんの過去のトラウマや傷、相談に乗った人たちのその後のこと、和尚さんが養子で引き取った方の話やDVDも見せてもらいました。
お釈迦様という人は2500年くらい前に生きることは苦だって悟ったらしい。
そのとおり・・・
いろいろなお坊さんの相談に乗るというような趣旨のサイトに書いてある、お坊さんのメッセージにはいろいろな価値観をかなぐり捨てて一人で旅にでろというメッセージが書いてあった。世間で言う自分探しの旅というニュアンスでは決してなく、物事を色眼鏡をつかずにまっさらな目で見て感じろっということ。
この当時の僕自身が今言ったことを踏まえてこの場所や和尚さんとの生活をしていたのかといえば正直違う。ただどうしようもない、言葉にできない感情とどこにも居たくないっていうなんか感情にならない感情でここにいた気がする。
でも大学をでからの10年は何か自分の中を内省していなかった気がする
ずっと心の中の空洞が埋まらなくて、何かで埋め用としていたけど埋まらなかった。埋めようとすればするほど虚しくなっていくこともあった。むしろこのことしかなかったような気がした。
四国でお遍路をしている人たちは何かしらの傷を癒すためにお遍路をしている人が多い。
和尚さんのところに実際に訪ねてきた人がいて、その人は今は僕の地元でお寺をもってお坊さんをしている。世界が狭いということはこのことなんだろうか?
結局この後は夜の八時くらいにお寺についたけどめちゃめちゃしんどかった。何がって車の運転がね。やはりなれないな。特にMTだし。こんな見ず知らずの他人を受け入れてくれ、こんなわがままを聞いてくれて、心配までしてくれる。
なんか気持ちを聞いてくれたり寄り添ってくれるだけでこんなに楽になったことってなかった。
正直ここで救われたというのが正直なところ。
和尚さんも悩んでいて、「なぜ自分が生まれたのか?」
っていうことを突き詰めている最中なんだって。
和尚さんも小さい頃に和尚さんのお母さんにこう訪ねたことがあったらしい
「なんで僕は生まれてきたの?」
するとお母さんは
「あなたが生まれてくるのは常識よ」
そう言われたって言っていて、未だにこの言葉を引きずっているって話してくれた。正直人は悩みがあるなら何かしらの引きづるものってあると思う。
それにだんだん気づけたのがこの四国での日々だと今は気づくことができました。
正直この岬にきてからはずっと遠くしか見ていなかったと思う。地平線のむこうとか、海の青は場所によってはキミドリに似た色なんだとか、結構いろいろないろがあるんだなとか。
今は何か、なんでもいいからもう一回このお世話になった和尚さんに何かできないだろうか?そんなことを考えています
今はまだHPすらコードで打てないけど、和尚さんのために掲示板を作ってあげたいな。ロリポの容量だって余ってるし。後は和尚さんは相談しやすいようにお寺の掲示板を作りたいって言ってたな。それを俺が作ってあげたら喜ぶだろうか?
ようやく内容はHTMLのコードうちに入ったから、やっと授業も退屈じゃなくなってくると思う。
そして自分の成果物のポートフォリオを作り終わったら和尚さんに掲示板を作ることにする。攻めてもの恩返しだし、これを目的と目標にして職業訓練の時期は乗り越えることにする
さて、課題は山積みな日々・・・・
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