自殺をしたい人たちの相談にのって引き止めてきた愛媛の駆け込み寺の 安国寺の和尚さんに会いにいく

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グーグルマップでは歩いていく予定だったけど歩いて3時間はかかってしまうということがネックだったけれども電車で最寄りの駅まで行けるということを知り、電車を待って早速安国寺に行くことに。この時点で事前連絡とかしていないという前代未聞の行動だったけどね

 

 

いのちひきとめたいという本を書いた人です
それくらいもうどうでもよかったんだよ。自分でも何をどうしていいかわからなかったし、ほんと誰か助けてっていう感じ。なんで?って聞かれても言葉にできない。それは今でも一緒‥‥

 

 

ただふらっとやってきた身も知らない奴に優しくしてくれて話を聞いてくれた和尚さんの慈悲ぶかさ。それが身にしみたし、説教するでなく優しく聞いてくれて優しく質問してくれて、ちょっとこんがらがった部分、考え方をほどいてくれた人。

 

 

この人自身も過去死に場所を探して横浜の寿町でバイトをし、リヤカーを買い、睡眠薬で自殺をしようとしたけど実は睡眠薬では死ねなかったという過去を持っています。だから本当に相手のことがわかるんです。僕ごときのやりたいことがわからないとかそんな程度のやつが行くのもおこがましいという気もしました。

 

いのちひきとめたいという本を書いた方で、リヤカーで死に場所を旅したことや、東北から自殺を試みたが死にきれず新聞でこのお寺の和尚さんのことを知った人が訪ねてきた話、あとはガンと夫の暴力に疲れた女性を養子として引き取って看取ったということも体験されている方です。

 

片肺飛行―虐待、DV、化学物質過敏症、末期癌の十字架を背負という本があり、この本の著者はこの和尚さんの養子の娘さんです。肺がんのために右側の肺を切り取った上に乳がんを患い、それでも夫は暴力を振るってくる毎日。そのストレスからなのかある日「化学物質過敏症」という病気を発病して日常生活を送ることがほぼ不可能になるほどの症状に悩まされます

 

 

そんな時にこの方が今の安国寺を知って身を寄せました。僕も一回この方と和尚さんが暮らしていた離れの家に案内してもらい、分骨がまだあるんだということ見せてもらいました。

 

 

 

 

でも本当にどうしようもなかったし今もそう

 

どんな人に対しても等身大のその人を見て話してくれる。そんな印象でした。特に今の世間なんて、世界には食べたくても食べれない人がいるから日本人は幸せなんだという一般論がまかり通っている気がしますが、比較する事で何か解決できるとは思わない。それで解決をされた側は不満が募っていくからまたそれが爆発する時が来ると思う

 

 

だって日本は幸せなはずなのに自殺大国だから

 

 

個人的には自分を持ってはいけないような環境や教育なんだと思う。面接も志望動機も相手のために・・・勉強も相手のため・・・他人事を勉強して詰め込まれる

 

 

職業訓練や資格も人のため

 

 

滅私奉公という言葉があるけど自分を滅するってアホって思う。キャッチャーを高校でやっていたけど自分ありきで行きたいとどれほど思ったことか。相手は誰かの犠牲の上にいるからそれほど感謝とかしない。その人もまた誰かに滅私奉公してるのか?

 

 

話がそれるから自分のあるなしに話を戻して、いろいろ世間体とかを勉強して相手からの見た目ばかりを気にして自分の中身は空なのにその周りに外堀を作ってしまって相手からのイメージに自分を合わせていくから自分の何かに亀裂が走って自分がいずれ壊れてしまうんだと思う。

 

 

自分について勉強はしたことがないから

 

 

 

 

◆横河原駅からが長かった

 

 

 

 

ここは松山の駅からおよそ40分くらいの駅。駅を出ると小さなロータリーがあり、場所的には住宅地になる

 

 

ここからちょっとこの街を歩いて山の方に行く

 

 

 

 

 

ここから出て少し歩くとアイスクリーム屋が

 

 

 

残念ながら営業の期間ではなかった・・・

 

 

 

写真奥を右に曲がると横河原駅

 

ここからグーグルマップを頼りに一時間かけて歩いて行ったんだよね。まだ寒かった時期だしどんな和尚さんなのかっていう不安と今の僕にとっての何らかの光をさしてくれるのではないか
?っていう期待。何を求めたいたんだか・・・自分でもわからなない

 

 

 

 

さすが四国というところなのか結構お寺がいっぱいある。88箇所の札を配っているお寺が多いのとそれ以外でも空き寺も結構ある。ここの土地はもともと(四国のこと桃にお遍路の本当の意味に由来する)無縁仏という文化がある

 

文字通り縁がない人たちがここ四国でお遍路をして道中行き倒れになるということが珍しくなかった。今でこそ観光という意味合いが強いけど本当に命をかけて遍路を歩いて何かしらの答えを見出すという行為だった。死に場所をもとめて歩くのがお遍路参りだったんだって。(間違っていたらごめんね。正しいことが欲しい人はするーして、もしくはうぃきってね)

 

お遍路さんはこの時に縁もゆかりもなく、この地で死んでしまっていたので無縁仏と呼ばれるようになり、なんとなく愛媛にも移住をしている人っていて、縁もない人がなじみやすい土地なんだなっていう印象です。縁がない人たちが縁をつなぐという文化があるんだって

 

 

あと小ネタだけど世界遺産にっていう動きがあるけどそういった命をかけて何かを得る、見出すというこのお遍路を世界遺産で観光地化っていうのはやめたほうがいいだろっていうお坊さんたちも結構いる。

 

 

てくてくお寺まで歩いているとこんな感じの民家に小洒落た改造をしている店も。ここはなんの店だか分からなかったからスルーしましたが面白い!そしてユーモアのあるところですよね

 

 

 

いま自分で見ても浮かない顔ここ数年してやがって・・

 

 

 

 

 

写真の道、右の写真の坂を上がっていくと安国寺です

 

 

老人ホームの真ん前にででーんとあります。

 

 

いきなり行って、なおやさしくしてくださってありがとうございます。

 

 

 

和尚さんとの話での印象深いのは宗教に限らず宗派に限らずオープンです

 

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